セキュリティ?それともセキュリティー?

情報処理教科書 情報セキュリティスペシャリスト 2016年版
言語の語末が -ty、-dy、-gy、-ry で終わる外来語の表記は、JISや内閣告示には例示による規定がない。このため、-er,-or,-arに比べて表記にゆれが生じやすい。
https://www.ninjal.ac.jp/event/specialists/project-meeting/files/JCLWorkshop_no4_papers/JCLWorkshop_No4_30.pdf

関連する資料をWebで漁ってみたのでメモを公開する。(たとえ外来語本来のアクセントや発音とはかけ離れていても、)日本人が日常使用する外来語の発音に合わせるのが時代の流れのようだ。
これはNHKでも採用される表音一致の原則の影響が強い。


原語の発音

原音を尊重すると「セキュリティ」の方が発音に近い。「セキュリティー」では長すぎる。

sɪkjˈʊ(ə)rəṭi

表記の普及の度合い

2012年度の法政大学経営学部の 1 年次科目の履修生 300 人に正しい外来語の表記を聞いたところ、以下の回答があった。母集団が特殊であるためあくまで参考資料にしかならないが、高校教育を受けた後の学生には、「セキュリティ」の表記が一般的である。

(10) security、セキュリティ:284 人(95%)、セキュリティー:12 人(4%)

http://www.i.hosei.ac.jp/hayashi/gairaigo.pdf


外来語の表記に関するガイドライン

2011-01-20 JIS Z 8301:2011 規格票の様式及び作成方法

JISの規格には -er,-or,-ar についての言及はあるが、-y の言及はされてない。"など"として包含されているとみてよいだろう。なおJIS Z 8301:2005の改正以前においては一定の基準で長音符を省略しており、「用いても略しても誤りでないことにしている」という曖昧な記載はなかった。この記載は1991年の内閣告示の影響である。
省略の理由として、情報量が1文字分削減できる効果が指摘されている。

G.6.2.2 英語の語尾に対応する長音符号の扱い
英語の語尾に対応する長音符号の扱いは、通常、次による。なお、英語の語末の -er,-or,-ar などは、ア列の長音とし、長音符号を用いて表すものに当たるとみなす。

a) 専門分野の用語の表記による。
注記  学術用語においては,原語(特に英語)のつづりの終わりの -er,-or,-ar などを仮名書きにする場合に、長音符号を付けるか、付けないかについて厳格に一定にすることは困難であると認め、各用語集の表記をそれぞれの専門分野の標準とするが、長音符号は、用いても略しても誤りでないことにしている。

b) 規格の用語及び学術用語にない用語の語尾に付ける長音符号は、表 G.3 による。
  原則
a) その言葉が3音以上の場合には、語尾に
長音符号を付けない。
エレベータ(elevator)
b) その言葉が2音以下の場合には、語尾に
長音符号を付ける。
カー(car),
カバー(cover)
c) 複合の語は、それぞれの成分語について、
上記 a)又は b)を適用する。
モータカー(motor car)
d) 上記 a)∼c)による場合で、
長音符号を書き表す音(例1)、
はねる音(例2)、
及びつまる音(例3)は、
それぞれ1音と認め、
拗音(例 4)は1音と認めない。
1 テーパ(taper)
2 ダンパ(damper)
3 ニッパ(nipper)
4 シャワー(shower)
1999-06-28 平成三年内閣告示第二号 外来語の表記

語末が -er,-or,-ar については言及があるが、-y の言及がない。しかしながらpartyはパーティーと長音をつけていることから、tyには長音を付与すると見るのが妥当である。他にも、trophy,body,melody,cityの表記は、末尾に長音をつけている。ただし、この内閣告示には原則的な事項として、「分野によって異なる慣用が定まっている場合には、それぞれの慣用によって差し支えない」とあり、JISなどの学術用語については慣用を優先してもよい。

3 長音は,原則として長音符号「ー」を用いて書く。
〔例〕 エネルギー オーバーコート グループ ゲーム ショー テーブル パーティー ウェールズ(地) ポーランド(地) ローマ(地) ゲーテ(人) ニュートン(人)

注1 長音符号の代わりに母音字を添えて書く慣用もある。
〔例〕 バレエ(舞踊) ミイラ

注2 「エー」「オー」と書かず、「エイ」「オウ」と書くような慣用のある場合は、それによる。
〔例〕 エイト ペイント レイアウト スペイン(地) ケインズ(人) サラダボウル ボウリング(球技)

注3 英語の語末の‐er, ‐or, ‐arなどに当たるものは、原則としてア列の長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。ただし、慣用に応じて「ー」を省くことができる。
〔例〕 エレベーター ギター コンピューター マフラー エレベータ コンピュータ スリッパ

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/k19910628002/k19910628002.html


実際のところ、法令名称や組織名称では依然として長音符号はない。

  • サイバーセキュリティ基本法 2014-11-06可決・成立
  • 内閣サイバーセキュリティセンター(NISC) 2015-01-09発足
NHK放送用語委員会

NHKの原則は表音一致である。また内閣告示が優先される。語末の長音の問題についてはたびたび委員会の議題にあがり、第1388回において外来語の発音・表記についての変更が決定された。

  • 2011-10-14 第1348回放送用語委員会

https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/yougo/pdf/083.pdf

  • 2012-09-28 第1360回放送用語委員会
NHKおよび新聞各社では英語などの語末の「-er」「-or」「-ar」「-y」は,原則として長音で書き表すことにしている。日本人が発音した場合に,のばして発音することが自然であるためである。しかし,語末の長音を省いた表記を目にすることも多い。長音を省略せずに表記するという原則を再確認する。

http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/yougo/pdf/095.pdf

  • 2015-02-20 第1388回放送用語委員会
のばす音(長音)に関連する外来語の発音・表記とそのほかの語
英語などの語末の -er,-or,-ar,-y は原則として長音符号をつけて表記し,のばして発音する。

https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/yougo/pdf/123.pdf


しかし実際の記事では、同じページのなかで表記がゆれている。
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2015/05/0520.html


2008-07-25 テクノロジーポリシー  マイクロソフト製品ならびにサービスにおける外来語カタカナ用語末尾の長音表記の変更について

言語の語末が y で終わる場合の記載はないが、内閣告示をベースにしているので「ー」をつけるための表明といえる。

今後弊社が採用する長音表記ルールは、国語審議会の報告を基に告示された1991年の内閣告示第二号をベースにしたものです。このルールでは、英語由来のカタカナ用語において、言語の末尾が–er、-or、-ar などで終わる場合に長音表記を付けることを推奨しています。既に、新聞や放送は概ねこの『外来語の表記』に準拠し、長音符号を付けることを原則としています。ただし、慣用により音引きを省略する例外も認められており、例外対応については、マイクロソフト日本語スタイルガイドhttp://www.microsoft.com/language/ja/jp/download.mspx に記します。

http://www.microsoft.com/ja-jp/presspass/detail.aspx?newsid=3491

ただしMicrosoftの日本語スタイルガイドでも、securityが「セキュリティ」と訳されているため、yについては今も曖昧なままといってよいだろう。

English Japanese
For details, see Security. 詳細については、「セキュリティ」を参照してください。
2015-09-29 一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会 外来語(カタカナ)表記ガイドライン第3版

語尾が *y にあたるものについて明記されており、附属書の一覧でカタカナ表記が「セキュリティー」と明示された。
MicrosoftもこのJTCAの法人会員であるため、今後は長音をつけるように変わると見られる。通信系のテレコムサービス協会でもこのガイドラインを引用している。

(1)長音の表記
(1−1)英語の語尾の‐er、‐or、‐ar、*y にあたるものは、原則として長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。
「平成 3 年 6 月 28 日 内閣告示第二号『外来語の表記』」に基づき、英語の語尾の‐er、‐or、‐ar、*y などにあたるものは、原則として長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。用例については、添付の附属書を参照すること。
カタカナ表記 原語 ガイドラインの規定
セキュリティー security 1−1、1−2例外

http://www.jtca.org/standardization/katakana_guide_3_20150929.pdf


まとめ

セキュリティ派 セキュリティー派
JIS、Microsoft 内閣告示、NHK、JTCA

迎合主義に従えば「セキュリティー」と書くべきのようだ。しかし日本人の発音に近いからといって、普及している表記を変えてまで原音から遠い表記をとるのは非合理的だ。
第1348回放送用語委員会の清水義範委員の発言に「どの表記がかっこいいかがポイントではないか」という指摘があるが、これがしっくりくる。末尾に長音が入ると、ことばが間延びするイメージになってしまうのだ。生鮮なイメージを求めがちな産業界では、今後もしばらくは「セキュリティ」を用いることになるだろう。